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苦しみを苦しみと感じられない 5

2017.02.25.Sat.17:40
苦しみと苦しみと感じられない 4

私たちが苦しむのは欲があるからです。
欲の正体は、
自分の中にいるもう一人の自分なのです。

もう一人の自分はとても幼く、未熟です。

自己中心的な考え方を持っていて

子どもと同じように人から愛を欲しがるばかりで
人に愛を与えることができません。

この幼いもう一人の自分を
“インナーチャイルド”と言います。
怒ったり悲しんだり恐がったりするのもこの子です。

どうしてインナーチャイルドが生まれたのか。
どんなときに出てくるのか。
どのように癒していけばよいのか。
ふるゆらで5年間学んできました。

この勉強にはゴールがありません。
わたしもわからないことだらけでまだまだですが
インナーチャイルドを癒し、欲をなくしていくことで
人を愛することのできる真の大人になり、
もっと高みを目指していきたいと思っています。

今、自分を変えるためにがんばれていることがとても嬉しく、
いい結果が得られないとすぐ放棄してしまっていた自分が
不思議なことにこの勉強だけは投げ出さずに続けられていて、
結果より過程が大事なんだということをすごく実感しています。

学びは終わることなく、まだまだこれからも続いていきます。
以前将来に漠然とした不安を感じていましたが、
生きる目的を見いだせたような気がしてだいぶ不安が減りました。

今、苦しいと感じている人はもちろん
そうでない人も
みな自分を高めたい、満たしたいという気持ちがきっとあるはずです。

人からの評価で満たすのではなく
自分で自分を満たすということを
ふるゆらでは学びます。

自分で自分を満たすということは決して容易なことではありません。
まず苦しみの正体を突き止めて、そして癒していかなければできません。

そのための第一歩

<苦しみを苦しみだと感じる>

日常の
“怒って当たり前”

“恐くて当たり前”

を疑ってみましょう。

これって本当の自分なのかな?と。

苦しみには
自分を高めていける、
自分を変えていけるヒントが隠されているかもしれません。

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苦しみを苦しみと感じられない 4

2017.02.24.Fri.16:46
苦しみを苦しみと感じられない 3

わたしにとっての苦しみの正体は

ダメな奴だと思われたくない
いい人だと思われたい
自分の思い通りにしたい

など、他にも挙げればたくさんある“欲”でした。

欲がある限り、苦しみをいくらなくそうと思っても
苦しみは追ってきます。

わたしはずっと苦しみに追われてきました。
苦しみを遠ざけようとしても見えないフリをしていても
追われ続けていたのです。

ここで言う“欲”とは
お金が欲しいとか
地位や名誉が欲しいといった
“欲望”とは少し違います。

たとえば、
子育てをしているときに
子どもが何か悪さをしたとします。
本当にその子のためを思うならば
冷静に叱れるはずですが、
我を忘れてヒステリックに怒鳴ってしまう、という人がいるとします。

なぜ怒ってしまうのでしょうか。

そこには相手を正したい、言うことを聞かせたい
思い通りにしたいという欲があるのかもしれません。

こんな風に“欲”は誰しもが持っているものです。
特別なことでも悪いことでもありません。
ただ、当たり前でなくそれを“欲”だと気づかなければ苦しみは決してなくなりません。

だから、苦しみを苦しみだと感じられる人は
とてもラッキーなことなのです。

怒りたくないのに怒ってしまう。

苦しい。いやだ。

それは本当の自分の魂の叫びなのかもしれません。

わたしにもたくさんの欲があります。
自分はどんな欲をもっていて、
どんな状況で苦しくなるのか。

ふるゆらで勉強するうちに徐々に見えてきました。

つづく

苦しみを苦しみと感じられない 3

2017.02.23.Thu.14:51
苦しみを苦しみと感じられない 1
苦しみを苦しみと感じられない 2

そもそもわたしたちの生きる目的ってなんでしょうか。

わたしの母は自分の子どもに対し
ある程度高い学歴を持って
給料の安定した職業に就いて
結婚して人並みの生活をして…
という人生を望んでいました。

『それが幸せだ』
『我が子には苦労させたくない』と思うのは普通のことだと思います。

わたしもずっとそう信じて疑いませんでした。

苦しみを極力排除して生きたい。

安心を得たい。

いつのまにか生きる目的が
“苦しまないため”になっていたのです。

苦しまない人生を求めていたのです。

苦しまなければ、幸せだと思っていたのです。

しかし苦しみを排除する生き方は
空虚なもので、なにひとつ満たされなかったのです。


結局苦しみは消えなかった…


そのときはまだ苦しみを苦しみと感じられなかったから。



つづく

苦しみを苦しみと感じられない 2

2017.02.22.Wed.15:35
苦しみを苦しみと感じられない 1

ふるゆらに来られているみなさんの
勉強をするきっかけとなったことといえば

子育てで苦しんでいた
夫婦関係や恋愛で苦しんでいた
人間関係で苦しんでいた
原因のわからない体調不良で苦しんでいた など

苦しみを苦しみとはっきり感じられている場合が多いようです。

ある人が、最近こんなことを呟いていました。
『旦那さんがよく体調不良を訴えてくるんやけど、
薬飲んだら?とか早く病院行けば?
と冷たくあしらってしまう。
こういうときなぜかイラッとしてしまうわたしってイヤな奴やなあ、心狭いよなあ』

日常のささいなことでも、苦しみを苦しみだと感じられている彼女は
すごいなと思いました。
なぜなら、日常でイラッとするのは当たり前だとか、相手や状況が悪いと思ったりだとか、
何も感じなかったことにする人が圧倒的に多いからです。

わたしもよく相手や状況のせいにしていましたし、
ネガティブな感情に気づけていないことなんてしょっちゅうでした。

苦しみは
どんなに優れた人でも
どんなに恵まれた人でも
どんなにポジティブな人でも
必ず誰しもが持っています。

苦しみなんて、誰も味わいたくないですよね。
じゃあ苦しみってどうやってなくせばいいの??
と疑問がわきませんか。

つづく

苦しみを苦しみと感じられない 1

2017.02.21.Tue.20:43
今までの私は

大した悩みもないし、人生まあこんなものだ

そこそこ幸せと思って生きていました。


今まで大きな病気をしたことはないし

両親も健在で、めちゃめちゃ貧乏というわけでもない。

友達もいる。

学校も問題なく行けて

大学にも行けて仕事もして

何かに縛られることなく自由きままに暮らしている。


何の苦しみもない、このままでいいと思い込んでいました。


ふるゆらで勉強をするまでは。



勉強をしてから気づいたこと。

それは

実はたくさんの苦しみを抱えていたということ。


苦しみを苦しみと感じないように生きていたということ。




やるからには完璧にやらなければならない、

結果を出さなきゃいけない、

人から称賛されるようなやり方じゃないといけない、

失敗をしてはいけない。


もしやってそれができなかったら

人からなめられる、ダメな奴だと思われる、

愛想を尽かされる。こわい。


そんな屈辱を感じるくらいなら逃げてしまえ。


思い返せばいつも逃げてばかりの人生でした。

最初は割と苦労せずに上手くできてチヤホヤされるけど、

できなかった人が努力して

後からどんどん自分を追い抜いていく。

結果、その人たちが褒められ自分はチヤホヤされなくなる。

結局頑張らず中途半端に終わる。


どんな道でも努力せず大成した人などいないはず、とはわかっているけれど

自分はどこか特別で、本気さえ出せば上手くできると思っていたのです。

そして何もかもが同じことの繰り返しで長続きしない。


苦しみその①とでも言いましょうか。

挙げだしたらキリがないくらいたくさん苦しみがありました。



つづく
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